扶桑工業再興物語

扶桑工業再興物語

 1998年、当社は会社更生をせざるを得ない経営状況にまで陥りました。
そこから経営陣が刷新され、再興の歴史が始まりました。 当社の歩みの中で、何が起きて、その都度何を大切にしてきたのかを、お取引先はもちろん、当社従業員や、これから仲間になってくれる方にも伝えていきたいと考え、本コーナーを設けました。
 当時起きたこと、そこからの道のり、社長の髙橋・相談役(前社長)の吉本のインタビューによる、扶桑工業再興物語。ドキュメンタリーです。

1998年5月27日。会社更生法適用申請

 それは、突然やってきた。
「知らない人がパパパっとやってきて、役員が即解任されました」と吉本は語る。
知らない人というのは、弁護士さんで、「この会社は会社更生法が適用されたので、従業員に伝えてください。」とだけ伝えられて、その日は終わった。

1998年5月29日。全社員と、主要購買先への説明

 そこから続く、苦労の日々のスタートだった。
お客様のニーズがあったので、会社は潰れず、更生、という道を選ぶことになった。当時部長だった30代〜40代の社員たちが暫定で役員になることが決まり、管財人の指示の元、会社を更生させることが始まった。
 とにかく、お客様のためにも、生産、納品をし続けなければならない。髙橋は「当時、ラインは1日も止めなかった」と振り返る。

 現場は動いているまま、新経営陣5人で、業務終了後毎晩集まり、何をどうする?という議論が始まっていた。
 まずはお金がどれくらい残っているのかを見る。購買を見直さないといけないことは、明白だった。
更生計画を遂行するには、生産と供給は絶対止めてはならないということも同時に必達であり、更生計画遂行のために、購買取引継続や契約内容の見直しをしつつ、それでも部材は仕入れ続けさせてもらいたいという無茶苦茶なお願いを、購買先一軒一軒へ、説明にあがる必要があった。新経営陣たちで、毎日のように、購買先に頭を下げに供給確保のお願いに廻る。
 「ふざけるな」「お前らは助かっても、ウチは潰れる」
飛んでくる怒号を真正面から受け止め、それでも会社と社員を守るためにという一心で、頭を下げて取引き条件や契約の見直しを進める日々。

 吉本も髙橋もそのときはただ必死だったという。
やりたいとか、辛いとか、考える余裕もなく、ただ、目の前に起きていることを、自らの運命として、仕事として、そして社員のために、目一杯に向き合っていた。このとき、今後事業を進めるにあたり強く思っていたことは、購買先は二度と裏切らないということ。
 経営危機のとき会社を救ってくださったのは、もちろんお客様でもあるがやはり購買先の理解と協力があったからこそである、という意識も新たにし過去手形で払っていたところとの取り引きは、月末締の翌月10日現金払いに切り替えた。少しでも、当社を助けてくださった購買先の経営状況が悪くならないようにということを常に意識して。
 同時に、社員は絶対路頭に迷わせないということ。

 220人の社員は一人もリストラしない、ということもこのときに決めた。それでも、嘱託の方は一部どうしても見直さざるを得なかった。
 「ここで扶桑工業本体を継続させなかったら、社員も、お客様も、購買先も、全ての人が困り果てる。全てが無になってしまう。」
新経営陣はそう考えた。結果として、採算が合わないグループ会社は廃業にした。破産解雇せざるを得なかった。人生に重みがあるわけではない。
 しかし、目の前の社員と更生計画を最優先に、取捨選択をせざるを得なかった。

更生計画の中で

 更生計画を進めながら、目の前の事業も進める必要があった。
 今後、扶桑工業をどうしていくか。経営陣の中では「経営をガラス張りにしないといけない」ということが一致していた。
 管財人の指導もあり、会社にはまず理念が必要である、ということも整理した。「明朗・真剣・几帳面」は以前にあったが、改めて見直し、徹底することを意識した。就業規則も全て造り変えた。社員に優しい規則そして解り易い言葉に。

 会社更生期間中にも、社員とはもちろん、購買先とも、創業を喜ぶ機会をつくっていった。
これは会社更生が終了した今でも継続している。更生計画が軌道に載り始めたところで、建機業界の景気が上向いてくる流れがやってきた。神風吹く。

 ここぞとばかり生産力アップと、品質アップを同時に進め、筋肉質な経営体質へと会社は変革を始めた。
設備増強が必要も、資金は限りが有る。安い中古機業界との交渉を密に進める。品質は変化点管理をいち早く進め、機能的かつ効率的な管理体制に変える。技術開発についても会社更生という岐路から一気に進んだ。
 ものづくりの会社が技術開発を追い続けなければいずれ淘汰されてしまう危機感。

 他社に真似の出来ないダイキャストの技術開発や、精度を極めるための加工技術や衛生技術の進歩、更に生産効率を高めるための、自動化・ロボット化・屋台化などの生産技術も、全てこのときの産物である。

VM活動の導入

 リーマンショックで一時の落ち込みはあったが、そのときも経営判断は速かった。
県内ではトップのスピードで雇用調整や従業員教育等を進め、補助金を頂きながらも、結果として一人も解雇せず、乗り切った。
 その後持ち直し、会社更生計画のゴールが見え始めた頃、お客様のQCDレベルをクリアするだけでは、永続的なお付き合いをさせてもらえないと考え、独自の魅力を出せる、経営管理指標を探していたときに【VM経営】なるものに出会った。
 そのときの印象は「手間はかかるが、スゴイ」というものだった。導入はとてもパワーのかかることではあったが、きっと必要であるとの意識の中で導入を決めた。

 【VM経営】がただの経営管理指標ではなく、管理のプロセスを回し続ける中で、従業員の成長に寄与できると感じたのが、導入の一番大きなきっかけであった。社員の成長を切に願うのみ。

透明な扶桑工業

 近年、VM経営もかなり社内で浸透し、PDCAを自然に回す社風が定着してきている。
今後のビジョンについて、髙橋は次のように語る。

髙橋
当社は、倒れた会社だからこそ、社員・購買先・お客様をとても大事にしている。社員がいるからこそ事業を続ける事が出来ている。購買先にいてもらっているから、当社はモノづくりが行えている。決して裏切ることがあってはいけない。

また、倒れた時の経験を考えると、あの辛い体験を購買先や従業員に絶対味わわせてはならない。それだけは心に誓っている。会社更生の経験を通して自身の胸中に、「おかげさま」という言葉が強く刻まれた。
色んな方に助けられて今の自分が有る。これからの人生でも大切な言葉となった。

今見据えているのは、やはり新しい技術を伸ばしたい。それをやれる人材とも出会いたい。最近考えるのは、次の世代のことばっかり。技術屋だけでなく、経営人材も含め、20年後、30年後の扶桑工業を支えてくれる人材のことばかり考えている。

行動指針

お客様満足度100%を目指そう『誠意とスピード』

1. お客様の求めているものや変化をいち早く理解し対応しよう

顧客、製造、地域社会、全てがお客様。誠意ある対応や素直な姿勢がお客様に喜ばれそして心を引き寄せる。お客様からの情報には相手の立場に立って誠意をもってスピード対応。スピードの速さは感動を生む。

2. 報連相の徹底。お客様の情報は、速く正確に社内伝達に徹しよう

打合せ・報告・議事録等は書面をもって情報の抜けなく精度を上げる。
期限のあるものは必ず期限どおり実行する。速さ·正確さが信頼度を向上。精度の高さは信頼を生む。決してお客さんを裏切らない、嘘つかない、騒さない

3.決めたことは決めたとおり実行、そして常に変化を求め技能向上に努めよう

決めたとおり行動することが衆知を集め次工程への配慮にもつながる。速い対応が出来れば変化への対応も速くなり更に技術力も向上する。5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)も技術の内、自己に厳しく襟を正しく。常に固有技術の向上に努め、自信と責任をもって対応できる技能をつけよう。